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夕闇迫る王都の裏路地、デューンがそこに立ち寄ったのはほんの気紛れだった。ある日彼はふと何かに誘われるようにして、自然とそこに足を踏み入れていた。
この世の全てを手に入れたも同然の人生では、何かを渇望することなど少しもない。灰色の日々は塵のように流れゆく。そんな退屈な日常に、デューンは酷く飽いていたのだった。
普段は目を留めることすらない歓楽街の裏側は、淫猥な香りを燻らせながら新参者であるデューンを妖しく手招きしていた。
冷たく乾いた夜の空気は、昼間の日差しを浴びて火照った肌には気持ちがいい。それでもなお沸き立つ心。陽が落ちても尚仄明るさの残る、短い夜の始まりだった。
初めて足を踏み入れた『裏側』の世界に、デューンは珍しく胸を躍らせていた。恐れや不安は一切ない。むしろ、目新しい刺激は己が求め続けていた『何か』に、とても近しいもののように感じるのだった。
そもそも魔力を持って生まれてきた彼には、この世で恐れる物など何ひとつない。市井に生きる徒人(ただびと)など敵ですらない。一代限りとはいえ、この世のすべての富と栄誉を与えらえた稀有なる存在――それがデューンだった。
国家に属しその国を守ることと引き換えに、市井の民が一生かけても手にすることの出来ないような莫大な財を得る。それがこの国における『魔術師』という存在である。ただし、魔力は必ずしも子に受け継がれるとは限らないので、栄えある地位と権利の相続はなされない。むしろ、魔力を持った子の出現には血統や身分との関連性は全くなく、尚且つその出現率は非常に稀であった。だからこそ魔術師はこの国の宝として古(いにしえ)から大切に扱われていたのだった。無論そこには権力と財を与えることにより、魔力の国外流出を妨げるという一面も兼ねてはいたのだが。
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