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六四五年七月九日の夜中。鎌足、中大兄皇子、信長の三人はひそひそと打ち合わせていた。
「信長殿。貴男がいう通りに蘇我倉山田石川麻呂殿と手を組み、刺客を雇い、この日を迎えましたが、本当に大丈夫ですか?」
『天下を取るはずだった男の言葉を信じろ。』
顔を強張らせて緊張する二人とは打って変わって、信長は呑気に構えている。
「でも実際、何でこんな簡単なこと思いつかなかったのかな。」
中大兄皇子が不思議そうに呟く。確かに、信長の案は誰かが考え付いていてもおかしくないものだった。
『お前らは彼奴には敵わないと、固定観念に縛られてたんだよ。部外者の俺だからこそ思い付いたのかもな。』
なるほどと納得すると同時に、信長は根性は捻くれているが、判断力は優れていると中大兄皇子は感心した。
嵐の前の静けさか、その夜は静かな月夜だった。
「ささ、太刀をお取り下され。」
「無粋なものはお取りなされ。」
翌日。六四五年七月十日。今日は三韓進調の日である。飛鳥板蓋宮前で、献上の場に招かれた入鹿に、まとわりついては可笑しな仕草で彼を笑わせているのは俳優達だ。入鹿の警戒を解くために鎌足らが雇った者達である。
「そうだな。よし、丁重に扱えよ。」
とうとう入鹿は太刀を俳優達に預けて、板蓋宮に入っていった。すぐさま全ての門の扉が閉められる。こうして入鹿は無防備な形で閉じ込められてしまった。
「それでは三韓よりの上表文を申し上げ奉ります。」
蘇我倉山田石川麻呂は立ち上がり前へ進み出て異変に気付いた。打ち合わせでは今、刺客が飛び出してくるはずだった。とにかく上表文を読み出すが声が震えてしまう。すかさず入鹿がそれに気付いた。
「どうした。倉山田殿。声が震えているが。」
「それは…大王の御前ですから、緊張して。」
「倉山田殿、そなたも蘇我の端くれならば、 もっとしゃんとしなされ。」
そう言って、情けないと蔑む様な目で見てくる入鹿に倉山田はかちんと頭に来たが、ぐっと堪える。今は怒りよりも焦りが先に立つ。
――このままでは読み終わってしまう。
倉山田の心配を余所に場は静かに進んでいった。
一方、柱の影で、中大兄皇子と鎌足に信長の三人は刺客が出ていかないのに苛立っていた。
「何をしている早く出よ。」
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