もう一人いた!

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 小声で鎌足が叱咤するが、刺客は腰を抜かして動けそうにない。子麻呂という男はとうとう嘔吐までしてしまう始末だ。 『情けない奴だな。あれで男か?』 「分かんないでもないけど……。」  ぼそぼそと中大兄皇子が呟くと、信長がじろりと睨み付ける。 『お前。皇子なら行って示し付けろ。』 「む、無理だよ!」  青ざめて首をぶるぶると激しく振る中大兄皇子を忌々しげに見下ろし舌打ちをすると、信長は何を思ったか、くるりと彼の背後に回り彼の首の付け根に手を当てた。 「えっ?何す……」  嫌な予感に身を捩って逃げようとする体を押さえつけ、信長はくっと、あてがった手から体に沈む様に入っていった。 「よし。ちゃんと動くな。」 「あ、あ、おお皇子の、かか体を……」  鎌足が必死で文句を言おうとしているのを尻目に、信長に乗っ取られた中大兄皇子は、槍を片手に会場となっている中庭に躍り出た。 「入鹿っ!覚悟!!」  突然の彼の登場に、さしもの入鹿も判断が遅れた。その隙を衝いて彼は槍を突き出す。 「何事だ!」  かろうじて急所は避けたものの、肩に深手を負った入鹿が叫ぶ。古人大兄皇子は青ざめて身動き一つ出来ない。中大兄皇子に冷ややかな目で見つめられ、入鹿は背筋に汗が流れた。その目から逃れようと、思わず立ち上がった入鹿の足を子麻呂が斬った。転がりながらも、入鹿は今まで自分の言うことは何でも聞いた天皇に訴える。 「大王!私が何の罪を犯したというのです?どういう事かはっきりして下さい!」  半ば気を失いかけていた天皇は、入鹿の悲痛な叫びによって、ようやっと現実に踏みとどまった。精一杯の威厳で息子に誰何する。 「一体何事です!」 「貴女の皇位を奪おうとする不逞の輩を始末しただけです。」  普段の中大兄皇子の目とは違い、鋭いぎらつく光を宿した瞳に射竦められ、天皇である母は言葉を無くす。 「大王、濡れ衣です。私は、常に御身を思って…。貴女も承知のはず……大王っ!」  入鹿の声から逃げる様に正殿の奥へと天皇が逃げ去ると、中大兄皇子は刺客達に入鹿の首を取らせた。一連の騒動を目撃した古人大兄皇子は我に返ると一目散にその場を後にし、自分の屋敷に逃げてしまった。
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