もう一人いた!

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 降り出す雨の中、取り残された鎌足は同じく取り残された中大兄皇子に近づく。 「皇子……いえ信長殿。」 「おう。鎌足。どうだ上手くいったろう?」  にやりと笑ってみせるその顔は、人を一人消し去ったにしては余りにも涼しげな顔だ。中大兄皇子の顔とは思えない。 「貴男は……一体どういう一生を過ごされたのだ。恐ろしくは無いのですか?自分のした事が。」  まるで自分が入鹿を手に掛けた様に怯える鎌足に、何処か憂鬱げに中大兄皇子――いや、信長は微笑って言った。 「俺はな、鎌足。数多の敵や親族、実の弟さえもこの手に掛けた男さ。今更返り血の量が増えた所で……」  鎌足は、そう言って黙り込んだ彼の横顔に、中大兄皇子の顔にも関わらず信長の面影を見た。それは孤独な統率者の顔だった。 ――中大兄様もこの様な顔をする様になるのだろうか。  いずれは天皇としてこの国を治めていかねばならないかもしれぬ皇子の未来を、鎌足はひどく寂しく思った。そして、せめて少しでもその孤独を和らげられる様に、自分は最期まで傍で皇子を支え続けていこうと固く決心したのだった。 「そろそろ返すか。」  さっきまでの深刻な空気を振り払う様に明るい声を出すと、まるで皇子という入れ物から抜け出す様に、するりと信長の姿が首の付け根から現れだした。 「んん……。信長、これからは入る前に承諾を得ろよ。」 「というか、もう二度と体に入れないで下さい。」  冷静に突っ込みを入れる鎌足。 『おう。これからはそうする。』 「うんそれなら良い。」  さらりと鎌足の発言を無視して納得し合う二人。早速、ついさっきに固めた決心を放棄しようかと考え出す鎌足であった。 「とうとうやっちゃったね。」  此方は此方で、人一人の命を絶ったにしてはあっけらかんとした態度であるのに、鎌足はある意味、統率者にこの人は向いているかもと彼への見解を少し変えた。 「私はこれからどうなるのかな。」  そう呟いた中大兄皇子は、何かを失ってしまった様な感覚に襲われていた。そして、この感覚は決して消えることはないだろうと予感していた。
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