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3 山 本(つづき)
道中、知った顔に会うのが怖かった。
だから洋二は、始発電車に乗り、初めての村に着いてみれば
予定よりも二時間以上も早く着いてしまった。
しかし、さすがに八時前では役場も開いてないだろう。
それでも他に行く場所もなく、洋二は、役場の扉の前で
ひたすら蝉しぐれを耳に待つことにした。
「よいしょ」と小さく呟きながら、洋二は役場の玄関前に腰を下ろした。
そして、ひとつ大きく息を吸い込む。
ん?
緑が多く、広々とした空間に久しぶりに出たせいか、
とても空気が濃く感じられる。
そして、人の声も機械的な物音もなく、一人で蝉しぐれに包まれる内に
ゆっくりと彼を包んでいた不安が溶けていく。
久方ぶりにそんな安心を抱いたせいか、
洋二は、いつのまにか居眠りをしていたらしい。
「あの、おはようございます」
頭上からいきなり掛けられた声に、彼はひどく驚いた。
その拍子に、一瞬、自分のいる場所さえ分からなくなる。
だが、視線を上げた先で彼を見つめる初老の男性は、にこやかに続けた。
「もしかして、ボランティアの方ですか?」
驚きのあまり、すっかり声を失くしていた洋二は黙ったままで頷いた。
そんな彼に男性は、悪くもないのに詫びてくる。
「遠い所、来て頂いたんでしょうに、
お待たせして、すみませんでしたねぇ」
だが勝手に早く来たのは、洋二のほうだ。
それを言わなければと思うが、言葉が喉に引っ掛かってしまう。
そして結局、間もなく扉を開けて
中に入れてくれた男性に礼も言えないままで、
彼は、一人役場の会議室で時がくるのを待つことになった。
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