迷える子羊

1/7
1068人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ

迷える子羊

北海道札幌市。 札幌JRタワーから徒歩5分の場所にあるビルの5階には、地井メンタルクリニックという年中無休のカウンセリングルームがあった。 近年増えてきた心の病は簡単には治らない。 検査して原因が分かるものでもなく、原因が分かったからと言って治療ができるものでもない。 誰にも相談できない悩みだってあるだろう。 そのメンタルクリニックでは、そんな人の力になりたいという院長の強い思いから、年中無休という経営方針が生み出された。 しかし、人間同士が関わって生きていく世の中では、どんなに互いを理解している人間同士であっても衝突が付き物である。 「先生…もう限界なんです。確かに彼女は優秀なカウンセラーですが、私には彼女のやり方を認めることができません。彼女のことでは他のカウンセラーも頭を抱えています。これ以上、私に(おさ)える力はありません」 一見、気の強そうに見えるカウンセラーの牧瀬(まきせ)香奈子(かなこ)は、院長である地井(ちい)(まさる)に相談を持ち掛けていた。 地井は無表情のまま黙って腕を組み、その話を聞きいている。 「先生!私の話聞いてますか?」 牧瀬が声を荒げると、いささか驚いたように地井は目を()いた。 「ああ、聞いているよ、牧瀬君。君の言いたい事も分かるよ。彼女のやり方はカウンセラーというより、どちらかというと占いや予言の(たぐい)だからね。しかし、彼女のカウンセリングによって良くなっている人がいるのも事実だ。どんな方法にせよ、彼女を指名する患者も増えている。彼女を(うと)ましく思うのではなく、自らの向上心に役立ててみないか?」 そんな地井の言葉に牧瀬は顔をしかめ、歯を食いしばった。 「院長!お言葉ですが、カウンセラーは導くものではなく、自ら道を探し出せるよう手助けをするためにいるんです。彼女のようなやり方では、患者さんの根本的な問題解決になりません!」 牧瀬の言い分に返す言葉が見つからなかったのか、地井は黙ってリクライニングの椅子に背をもたれた。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!