第1章 噛ませ犬は褒められると弱い

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第1章 噛ませ犬は褒められると弱い

 エラザンは傷だらけの自分の杖に目をやり、心の中でため息をついた。彼の前には教官が困った顔で座っている。 「もう卒業だというのに、模擬戦全敗とは。良い勝負はするのに、なんで勝てないかな」 むすっとしたエラザンは腕を組んで口を開く。 「言っておくが、わざと負けるようなことはしていないからな」 教官は苦笑いしながら机の上に広げられた書類の中から何枚かを取り上げる。 「そうだろうね。運の女神に見放されているとしか思えない」  エラザンが特別弱いというより、彼と当たる相手は軒並み調子が良いのである。彼が炎の呪文を優秀に扱った時はアカデミー史上最大クラスの濁流の呪文が繰り出され、搦め手を狙った時はその罠を踏み抜くほどの魔力が溢れるときたものだ。それも一回や二回ではない。 エラザンはイライラと首を振った。 「同情はいい。免許は取れるのか、取れないのか?」 しばらく黙ってから、教官はゆっくりと口を開いた。 「君の指導をしてきた私としては――君は免許を得るだけの知識と魔力はあると確信している。ただ、はっきり言ってその勝負弱さは異常だ」 彼は苦い顔で立ち上がり、続けた。 「実戦で死ぬと分かっている人間を前線には行かせられない。アカデミーとしてはエラザン=コーデリアに攻撃魔法免許は出せん」  面接室の扉を閉めたエラザンは、小さく舌打ちをした。理屈はわかるが、面白くはない。薄暗い廊下には、ぽつりぽつりと明かりが灯っている。すっかり暗くなった外の景色は、教官と過ごした不毛な時間の長さをエラザンに感じさせた。……ところで。 「それなりに表舞台に立ちたいとは思わないかな」  聞きなれぬ声に振り返ったエラザンは、目の前に現れた怪しい男に眉をひそめた。どうやら親しげに話しかけているつもりらしい、目元を白い仮面で覆う男は口の端を上げて続ける。 「昔の人も言ったらしいよ。ドラゴンの尻尾より、ネズミの頭の方が楽しいとかなんとか」 男の隣に立つ若い女性は、呆れたように言う。 「会長、自分の組織を小動物呼ばわりはやめて下さい」 仮面の男は楽しげに笑いながらエラザンの肩を叩く。 「それもそうかな。ともかく、私たちは君に用があるんだ」 「あんたたちは?」 女性は両手を合わせ、エラザンの方へ目を向けた。 「突然ごめんなさい。我々は補助魔法協会の者なのです」
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