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第1章 恋愛初心者
朝の出勤時間、
ホームのベルに急かされて、麻美は階段を駆け上がる。
『そんなに急ぐ必要はない』、それは判っている。
それでも、抑え切れない、逸る心がある。
ホームへ上がると少し落ち着く。
そして、ゆっくりと歩きだす。
『この先にあの人がいる』
でも、彼の事は何も知らない。
分かっているのは、この時間、このホームから見えると言う事だけである。
ホームの中程、渡り廊下の階段付近、此処がいつもの場所である。
彼は、もうすぐ対岸のホームに現れる。
会いたいなら、すぐそこの階段を登り、
渡り廊下から彼のいるホームへ行けばよい。
だが、それができない。
麻美は、何も知らない蛮勇な子供ではなく、
恋愛の狡い機微を知っている大人でもない。
二十歳を過ぎ、大学を卒業し、働く年齢になっても、
未だ憧れに胸をときめかしている少女なのである。
数台の電車が通過して、
少し時が過ぎると、
遠くに彼の姿が見える。
彼は、人混みを縫って線路前へ移動する。
麻美は、存在を知らしめるべく、前へ出る。
線路を挟んで2人は見つめ合い、
意識的に視線を逸らしてはまた何度も目を合わせる。
周りから騒音が消え、二人だけの世界に陥る。
『彼も私を見ている』そんな実感がある。
幸せで、もどかしい時間、
言葉を交わすことも無く、
既に半年も繰り返されている。
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