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この駅で降りたのは私達だけだった。駐輪場で先に声をかけてきたのは巧斗だった。
「久しぶりやな。元気か?」
声を聞くだけで泣きそうになる。
「元気やで。巧斗は?」
「病気はしとらん」
カラカラとタイヤの音が鳴る。
「じゃあ……」
私が自転車に跨ろうとすると、巧斗は「今、動画撮ってんねん」とスマホを取り出した。
「動画?」
「うん。卒業したらここを出ていくやろ。せやから今のうちにここの緩やかな時間と風景を撮っておこうと思って」
ああ。やはり卒業したら美優のところへ行くんだなと思った。
すると、ピッという電子音が鳴った。
私にスマホを向けている巧斗に私は驚いて手を伸ばした。
「何撮ってん!」
「来那」
「やめてや」
「お前が笑ってるところ、ずっと見てない」
「そんなこと……」
「幸せなんか?」
それは、私が先輩と付き合っていて幸せかと聞かれているのだろうか。
「……幸せ、だよ」
「そうか。ならええ」
再び、電子音が鳴る。
「巧斗は……幸せ?」
私の問いに巧斗は寂しげに笑った。
「どうやろ?」
それから自転車に跨ると「ほなな。気をつけて帰り」と言って去っていった。
それから時は過ぎ、先輩は都内の大学へ進学した。
高校3年の夏、私と先輩は別れた。
好きな人が出来たと言われた。
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