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反応が少し遅れた。誰もいないと思っていたし、さっきから独り言をぼそぼそとつぶやいていたから、急な返答に反応できなかったのだ。
「どうされました?」
「あ、いえ、いつからそこに?」
声をかけてきたのは、身なりのしっかりとした男性だった。夏場だというのにきっちりとスーツを着ている。
「ついさっきです。だいぶ酔っておられるようですし、そのせいで反応が遅れたのかもしれませんね」
男は静かに笑った。
沈みかけの太陽の淡い光が、男の口元に影を作る。そのせいでよく口元が見えないが、目元で笑っているのがわかる。
私は酔っているのだろうか。まったく酔えていないと自分では思っていたのだが。
「何か考え事ですか?」
「いえ、そういうことではないのですが。どうにも、暇で」
「なるほど。では、少し話でもしませんか?」
「話、ですか」
「ええ」
日はまだ完全に沈みきらない。日が沈むまでが随分長く感じる。海の上だからだろうか。私たちは並んで腰かけ、話を始めた。
「この船には、ご旅行で?」
「ええ。久しぶりに長い休みがとれたので、旅館でのんびりしようと思いまして。あなたはどちらに?」
「僕は帰りなんです。知り合いのところを訪ねてまわっていたのですが、それも済んだので」
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