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第1章 切っ掛け
親に決められた相手との見合いを放り出して、
「私、歌手になるわ。米子も一緒に来て」
と言って手を差し出した幼馴染。
米子はバカを言うんでないよ!!と甘ったれでいつまでも考え無しな事ばかり言う彼女を叱り飛ばした。
そうすれば、早朝の汽車に乗って都会へ行くからと、翌日見合いを控えた年頃の娘が夜も明けぬ内にこっそりと米子の部屋の窓を訪ねて、夢物語を語る彼女の目が覚めるだろうと思ったのだ。
いつも辛かったり悲しかったりすると真っ先に泣き出していた彼女は、この時ばかりは桜色の唇を真白い歯で噛み締め、頬を紅潮させ、涙を瞼の内に留め、けっして泣くことはなかった。
けれど、
「さよなら、米子。大好きよ」
背を向け告げた言葉は水っぽく、駆け出して行った彼女を茫然と見送る米子の頬を濡らした。
物心ついてから絶対に泣かなかった米子の涙を見ることなく、彼女はそれ以来、二度と米子の前に現れなかったのだ。
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