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そんな美貌を支えているのはすらりと伸び、バランスのとれた肢体。それがきりりとした存在感を匂わせている。
周りを一瞬にして圧倒しそうな、そのたたずまい。「橘咲弥」はそれほど、美しい青年だったのだ。
「これが、うちの郵便受けに……」
うわずった声で、自分の名と訪問の理由を説明する。
「あ……」
橘は、こう言って桔梗の顔と、ダイレクトメールを代わる代わる眺めた。そして、ふっと肩をすくめたかと思うと、唇に笑みを浮かべた。
そこには、さっきまでのやや警戒したような表情は消え失せ、辺り一面を照らしだす春のような笑顔が。木陰からこぼれるおぼろ月のごとく、玄関灯が彼の端正な顔立ちをひきたてる。
「そうだったんですか。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕は一週間前に越してきました、橘咲弥と申します」
その夜のような黒さを瞳にたたえつつ、申し訳なさそうな表情の橘。桔梗は、胸に風がわき起こるのを感じていた。
(ああ、この声は紛れもなく、あの、もだえ声の主だ)
すぐに納得できたが、その涼やかな容貌とあの時のなまめかしいあえぎ声とのギャップに、好奇心をそそられるのをどうしようもない。
「桔梗さん……ですね。わざわざ、ありがとうございました」
その、取るに足らないダイレクトメールを胸に抱き、頭を下げる橘。自分が、こんな想像をしていたことなど、夢にも思っていないだろう。
それにしても、自分がこんなに、しかも男に魅了されるなんてこと、今まで経験したことがない。
それは……何の含みもない、まっすぐな瞳のせいだろうか。
「ふう」
桔梗は自分の部屋に戻ると、閉めたドアに背中を預け、こう嘆息した。気付けば、痙攣でも起こしたような拍動が止まらない。
(人を先入観で、捕らえるもんじゃないな……)
今し方までの橘の端麗な表情と、深い湖のような瞳に、つくづくそう思う。
自分の中で、新たな橘のイメージが構築され始めると同時に、何かちょっと得した気がしないでもない。
桔梗はこれまで、あらゆる人と波風を立てずに生きてきたせいか、さほど他人に執着することもなかった。そしてそれが、自分らしさだと思っていたのだが……。
きっかけは興味本位の感が強かったものが、今では彼をもっと知りたいという思いが、わき起こっていた。
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