6人が本棚に入れています
本棚に追加
それにしても、いったいぜんたい、どんな連中なんだろう。新宿のゲイバーあたりで働いてるオカマか。
だとしたら、オカマにしておくはもったいないほどのしゃれた名前だ。女装して、厚化粧でもしているのだろうか。
このマンションは郵便物を投入するためには、いったん建物の外へ出なくてはならない造りになっている。
(届けてやるか)
服と、まるで色の合わない口紅。パンストからはみ出す、すね毛。想像すると、腰が引けてくる。
その一方で、自分とは縁の無かった世界に住む、橘咲弥という男に不思議な興味が湧きはじめていた。
(隣人がどんな人間かを知るのは、地域住民の義務でもある……)
自分でも、なんて自己満足で都合の良い論理なんだろうと思いつつ、橘宅の前まで来ていた。
ドアフォンを押し、手持ちぶさたにドアノブが回るのを待っていると、人が室内で動く気配がした。廊下を歩くような音とともに、橘が玄関に向かってやって来たようだ。
「ん?」
そのまま、ドアの前で立ち止まった気配がするが、扉はすぐには開かない。
ひょっとしたら相手も、覗き窓からこちらの様子をうかかがっているのかもしれない。「怪しいものではない」と言うがごとく、桔梗はドアスコープに向かって胸を張った。
「あ……」
カチャリと音がして、徐々にドアの隙間が広くなっていく。
いきなり、異邦人とでも出くわしたみたいに、その場に釘付けになる。そのまぶしさに、目を細めながらも、しっかりとその相手を見届けた。
「はい?」
怪訝そうな顔で現れた青年に言葉に詰まり、桔梗はただ視線を泳がせる。
「あ、あの……」
じっと、自分に向けられる視線に、ゴクリとのどを鳴らしてしまった。と同時に軽い目眩さえ覚えて、開きかけた口をとじる。彼のそのまなざしに、捉われてしまったかのように。
大学生くらいだろうか。年は自分より二、三歳若いくらいだ。
知的な黒い瞳と口角のやや上がった唇が、全体を清楚な印象に仕立てている。早い話が、顔の造作一つ一つがはっきりとしていて、それらのバランスがいいのだ。
(と……見とれてちゃ、いけない)
橘が桔梗の次の言葉を待つように、黒い瞳で自分を見つめ返しているのに気付いて、はっと我に返る。
「僕は、となりに住んでいる桔梗と申します」
桔梗は、それまで男の審美なんか取るに足らないことと思っていたが、とても端正な容貌だと感じた。
最初のコメントを投稿しよう!