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ベッドに横たわる。
シングルがふたつ。
向こうには灘さんが眠っている。
背中を向けられている。
なんとなく切なくて
名を呼べば彼は振り返る。
全身で振り返り「なんだ?」と
例の私をたっぷり甘やかせる声で囁いた。
「どうした。眠れないのか」
「はい」
「そうか。俺もだ」
どちらからともなく、手を伸ばし
私たちは見つめ合いながら
指を絡めた。
「ふ……」
溶かすような笑み。
「君の手は、ちっちゃいな」
「そうですか」
「ああ。ほら」
たやすく手のひらで包み込まれる。
「もみじのような手だ」
「灘さんて」
「ん?」
「ときたま、おじさんぽい……」
「上ばかり見ていたから」
「え」
「目上の方々が目標で、
敬いながら、目指してばかりいたから、
年齢の割に確かにおじさんぽいだろうな。
これからは君が俺を染めてくれたらいい。
如何様(いかよう)にも自分の色に」
「……はい」
「うむ」
「……灘さんも」
「ん?」
「私を染めてくださいますか?」
「……君が望めば、如何様にも。
椛を錦にも変えてみせよう。
金襴緞子の帯や、朱塗りの漆が如く
幾重にも連なる、絵巻物のように」
「……灘さん……」
「手空(てす)きになったら、君と旅に出ようか。
織物や染め物の街、
古今和歌集や万葉のふるさと
大宰府や出雲、近江に堺……」
灘さんの声は融けるように優しい。
甘くて人肌みたいに温かい。
私は指を繋ぎながら
白河夜船の旅人になる。
夢の中でも灘さんと
神々が織る錦の景色に連れ添っていくのだった。
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