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結婚式に、あのひとが走りこんできた。
「彩綾!行くな!」
メガネを曇らせて。あのひとは走りこんできたのだ。結婚式場に。迎えにきたのだ、ついに私を。
花嫁である私を。
「彩綾!今更かもしれないけれど、俺は君が好きだ!」
テノールの優しい声……。 細身の体、優しくて頼りになる会社の先輩。私が好きだった人。その人が叫びながら結婚式に走りこんできた。息を切らして、白いシャツを汗に染めて。
私の結婚式に。
私と、灘湊一郎さんとの結婚式に。
「病めるときも健やかなるときも」と神父さんが
灘湊一郎さんに誓わせ
今、まさに私が、というときに彼は飛び込んできたのだ。
(遅い)
私はかぶりを振る。
(だって、遅すぎるもの)
私は頭の中が真っ白だった。
(もう今更戻れない。
さようなら、鳴海さん)
『病める時も健やかなる時も汝、この男を愛し、この男とともにあることを誓いますか』
結婚式の定型文が読まれた、その瞬間に、鳴海航先輩が現れたのだ。
「誓います」
私の固い声が響いた。ざわめきすら躊躇っている小さな教会の白い壁に。私の声は私の耳にも楔を打つように鳴った。
新郎である灘湊一郎さんの目が、大きく開いた。
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