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深夜に露天風呂へ向かったのは理由があった。
一番綺麗な景色を楽しめる露天風呂は時間によって、男湯・女湯に分かれるが、今の時間は混浴になっていること。
別に混浴が目当てではない。
日本人は、混浴だと遠慮して入ってこないからだ。
もう一つは、下弦の月が眺められるからだ。
ボク以外に湯浴みをする客がいないことを確認し、露天の脱衣所に入る。
タオルが濡れないように、木製の洗面器に入れて持ち運ぶ。
解き放たれた解放感から、ボクはウィッグを外した。
露天風呂にはシャンプーなどない。
洗髪や体を洗うのは、内湯で行うのだ。
だから、ボクはウィッグを外してもここで髪を洗えない。
髪を湯に浸けないように結びなおして肩まで浸かる。
誰かが見たら、女性が入浴していると勘違いするだろう。
広い風呂だと、熱めの温度でも、家の風呂よりも長く入っていられるのは、何故だろう。
手足を自由に伸ばせるからだろうか?
それとも、体に不快ではないぬめりを感じさせる、独特の泉質の為だろうか?
夜空を見上げる。
雪はもう降っていない。
月と、無数の星々がボクを優しい光で見下ろしていた。
ボクの白い吐息と、湯船から立ち上る湯けむりが、その光に応えている。
なんか、自分ってちっぽけだな。
漠然とそう想った。
ボクは将来何になりたいのだろうか?
いや、何になれるのだろうか?
夜空の星は、ボクのようなちっぽけな存在の悩みとか人生を、気が遠くなるくらい見つめてきたに違いなかった。
そして、たまに気紛れに奇跡なんかを起こしたり、災厄を連れてきたりしたのだろう。
ゴツゴツした岩に頭を抱かせながら、夜空を見上げていたボクは、自分がいつの間にか泣いていたことに気づいた。
それはこの先訪れる、辛い別れを予感していたのかも知れない。
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