第3話 火曜日のマザー(HEAVEN篇)

15/15
240人が本棚に入れています
本棚に追加
/373ページ
借り物のクロックスではあったが、ハイヒールよりも何倍も走りやすい。 アスリート顔負けのスピードで家路を急ぐ。 きっと、足元を見たらビックリするだろう。 再びありすお母さんの家に帰宅。ドアチェーンはかかっていなかった。 玄関の三和土(たたき)を見ると、お父さんの靴もあった。 つまり帰宅している。 これすなわち気が重い。 ギュッと瞳を閉じて、3秒数えるというか唱える。 「ただいま。ごめん遅くなった」 リビングへ入ると、2人はダイニングテーブルで晩酌中だった。 どうやら、ボクを心配して探す気はなかったらしい。 「ほら、お父さん、ちゃんと帰ってきたでしょ」 ありすお母さんが肘で小突く。 ボクは必至で走ってきたから、年不相応な化粧は崩れ、髪は乱れ、まだアルコールの匂いもした。 「何やってんだ、碧! そんな服、父ちゃん買った覚えないぞ」 「いや、一番に怒るポイントそこじゃないし……。人探ししてて遅くなった」 人探ししてて、アルコールに薬盛られて昏睡してました、なんて言えない。 「いいじゃない、碧ちゃんも無事に帰ってきたんだから。その辺の(やから)にやられるようなやわな鍛え方もしてないし」 「甘い甘い。だめだ、碧。世の中の男なんて汚いんだ。薬を盛られたらどうしようもないぞ」 げ、ますます、言えない。口が裂けても言えない。 恥ずかしさと、まるで全て見透かされているかのような後ろめたさから、ボクはドラマでよく耳にするあのセリフを言ってしまった。 「関係ないでしょ! いつまでもコドモ扱いしないで!」 関係ないは、余計だったかな。 親子関係だもんね。でも、もう後戻りできない。 自分が悪いってことも百も承知だ。 子供が生意気言うんじゃない、って平手打ちされると想い、視線を外して身構えた。 でも、静かだ。 恐る恐る視線をお父さんに戻す。お父さんと目が合った。 「子供じゃないから、心配なんだ!」 結局、平手打ちされた。でもそれだけだった。 後は、いつも通りの日常に戻った。
/373ページ

最初のコメントを投稿しよう!