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3、 雲隠れ
「私は夢を叶えるため修行の旅に出ます。探さないで下さい」
医局長室に置かれていた慶次の置き手紙だ。脇には慶次の携帯電話が無造作に置かれている。
「何を考えているんだ!あいつは」
憮然とした表情でそう言うと、高橋慶介は手紙を破り捨てた。慶介は高橋総合病院の院長で、慶次の父親に当たる。
「院長、どうしますか?」
秘書の坂谷に尋ねられ、
「どうしますもこうしますもない。内科医局の寺川に医局長代理をやらせるほかあるまい」
と慶介は憤慨した表情で言う。
「分かりました」
坂谷はそう言うと内線電話を手に取り、内科医局直通のボタンを押した。
慶介が高橋総合病院を開業して30年になる。慶次が生まれた時から、慶介は慶次を医者にしてゆくゆく開業する病院の2代目院長にするという夢を持っていた。そのためにはあらゆることをした。0歳の頃から塾に通わせ、私立の幼稚園に入れた。エスカレーター式に高校まで行かせ、大学はストレートで国立の医学部へ。そのまま高橋総合病院の医師として働くことに。多少問題はあったかもしれないが、すべて順調に進んできた。
それゆえに今回の慶次の失踪は青天の霹靂だった。しかも慶次は携帯電話を置いて出て行っているので
連絡の取りようがない。
「くそっ!」
慶介は両手で思い切りデスクを叩き、怒りをあらわにした。その瞬間
「ゲホッ」
慶介は血を吐いてしゃがみ込んだ。慶介は懐から頓服薬を取り出し、胃の中へ押し込んだ。
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