6、 慶次の半生

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6、 慶次の半生

慶次には兄弟姉妹はいない。というのも、慶次が生まれてからすぐ母親は子どもが産めない体になったのだ。 そのこともあり、一人息子の慶次には慶介からの過剰な期待が被せられた。0歳時からほとんど毎日塾に通わされ、友達と遊ぶ時間はほとんど与えられなかった。小学校に上がってからはさらにひどくなる。100点以外の点数を取ってくると 「お前の育て方がなってないからこうなるんだ」 などと怒鳴りつけ、母親が引き摺り回されて殴られるような毎日。 「僕のせいでお母さんが殴られたらどうしよう」 こんな恐怖を24時間365日抱えながらずっと生きてきた。 高校生になったある日、慶次は図書館で一冊の本を見つけてしまった。あるロックバンドのボーカリストが書いた自伝である。 医者になるために不必要なものはすべてシャットアウトされて育ってきた慶次。生まれて初めてやりたいことを見つけた気がした。 「大学入試は、受けない。ミュージシャンになる」 この発言を耳にした慶介は怒り狂った。花瓶は壊され、ソファーはひっくり返され、壁には穴が空いた。 ただでさえ身体中アザだらけの母親はさらに殴られ、蹴られ、突き飛ばされた。だが慶次も本気だった。曲がるわけにはいかなかった。だが、恐怖を目の当たりにしていた慶次は見ていられなくて母親を置き去りにして逃げるようにその場を離れた。 次の日、慶次の母親はリビングで変わり果てた姿でぶら下がっていた。 母親の葬式。慶介は涙を一滴も流さず淡々と式を終えた。そして慶次に一言言ったのだ。 「お前が俺の指示に従わなかったから、お母さんは死んだんだからな。呪うなら自分を呪え」 立派な跡取り息子を育てた自分に酔いたかった慶介のこの一言で、慶次は腹を決めた。 絶対にコイツを地獄に叩き落とす、と。
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