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* 「あの。すみません。」 老いた女性が、4、5歳くらいの女の子を連れた若い母親に声をかけた。 小太りで少し足を引きずりながらゆっくりと近づいてくる老女。若い母親は、「はい。」と小さく返事をして立ち止まった。 「急に、こんなおばあさんが声をかけてごめんね。いつも可愛いなぁと思って、おたくのお嬢ちゃんのこと見ていたのよ。」 夏休み。自治会が主催するラジオ体操の帰りの出来事だった。 ラジオ体操には近所のお年寄りや小学生、付き添いの保護者など総勢120人ほどが集まる。 子供はたくさんいるが、幼児連れは珍しく、確かに目を惹く存在ではあった。おでこの真ん中でまっすぐに切りそろえられた前髪。おかっぱ頭もその女の子の人気の一因で、参加しているお年寄りからよく声を掛けられている。 母親は浅く愛想笑いをしながら会釈をし、その場を立ち去ろうとした。 が、老女が言った。 「あの、お嬢ちゃんと手を繋いで歩きたいんだけど。ほんのちょっと、そこまででいいんで。」 母親の表情は固まった。 ご近所さんとはいえ、初めて声をかけられた赤の他人に子供を委ねるということには抵抗があるのだろう。 一瞬躊躇したように見えたが、母親は申し入れを承諾した。 「あぁ、どうぞ。〇〇ちゃん、おばあちゃん〇〇ちゃんとお手々繋ぎたいんだって。いいかな?」 母親は繋いでいた手を解き、女の子は自分の手を老女の方に差し出した。 老女は恭しくお辞儀をし「ありがと、ありがと」と言いながら、差し出されたその手を握った。 「ああ。こんなに小さい手だったんだね。」 老女は女の子を見下ろした。女の子はまっすぐ前を向いていた。 2人は川沿いの並木道をゆっくりと歩き始めた。
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