5人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
肉は丁度良い具合に解凍されていた。
赤い模様の入ったお気に入りのエプロンをして包丁を探す。
「あれ?」
キャビネットの中の包丁ポケットには一本も収まっていない。
「包丁、包丁~っと」
キッチン周りに包丁が一本も無いなんて、几帳面な私らしくもない。
私は少し考えてからバスルームを開けた。
「やっぱり、ここか」
包丁はすべてバスルームの床に、心許無げに転がっていた。
私はそのうちの一本を手に取ると、赤く光る刃をシンクで洗う。
少しだけ頭がぼーっとする。
さて、調理開始です。
私は肉を切るのは上手いのだ。どんな肉も綺麗にさばくことが出来る。
これは人に自慢できる唯一の特技かもしれない。自慢したことはないけれど。
研ぎ込んだお米の中にダシ汁と薄く切った肉片、それと様々な赤を入れて炊飯器のスイッチに触る。
携帯が鳴った。
「はい」
きっと彼だ。私の胸は高鳴る。
「どうしていつもあなたが出るの? ケンちゃんは何処にいるの?」
いつも悪戯電話をかけてくる女だった。その気弱そうな声に気が滅入る。
「それケンちゃんの携帯でしょ。あなたケンちゃんをどうしたの!」
ケンちゃん。泉 健太郎。私の彼氏だ。
「あなたこそ誰? 悪戯も大概にしないと警察沙汰にするわよ!」
「私はケンちゃんの彼女です。ケンちゃん言ってた。頭のおかしい女に付き纏われているって。あなたがケンちゃんを何処かに隠したんでしょ!」
「健太郎くんの彼女は私です! 彼が何処で何をしているのかはコッチが知りたいくらいだわ!」
強い口調で反論する。頭がおかしいのはどっちなんだか。
女は涙声で電話を切った。私はため息をつく。
どうして私だけいつも責められなければならないのか。私を責める奴は皆、私の前からいなくなればいいんだ。
夕暮れの赤の中で、炊飯器から煙が昇り始めた。
「健太郎くんの匂いがする」
私を安心させる匂い。彼は初めから私の部屋に居たのだ。そして、もう何処へも行くことはない。
肌寒くなってきたので上着を一枚余計に羽織った。
最初のコメントを投稿しよう!