あか

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 肉は丁度良い具合に解凍されていた。  赤い模様の入ったお気に入りのエプロンをして包丁を探す。 「あれ?」  キャビネットの中の包丁ポケットには一本も収まっていない。 「包丁、包丁~っと」  キッチン周りに包丁が一本も無いなんて、几帳面な私らしくもない。  私は少し考えてからバスルームを開けた。 「やっぱり、ここか」  包丁はすべてバスルームの床に、心許無げに転がっていた。  私はそのうちの一本を手に取ると、赤く光る刃をシンクで洗う。  少しだけ頭がぼーっとする。  さて、調理開始です。  私は肉を切るのは上手いのだ。どんな肉も綺麗にさばくことが出来る。  これは人に自慢できる唯一の特技かもしれない。自慢したことはないけれど。  研ぎ込んだお米の中にダシ汁と薄く切った肉片、それと様々な赤を入れて炊飯器のスイッチに触る。  携帯が鳴った。 「はい」  きっと彼だ。私の胸は高鳴る。 「どうしていつもあなたが出るの? ケンちゃんは何処にいるの?」  いつも悪戯電話をかけてくる女だった。その気弱そうな声に気が滅入る。 「それケンちゃんの携帯でしょ。あなたケンちゃんをどうしたの!」  ケンちゃん。泉 健太郎。私の彼氏だ。 「あなたこそ誰? 悪戯も大概にしないと警察沙汰にするわよ!」 「私はケンちゃんの彼女です。ケンちゃん言ってた。頭のおかしい女に付き纏われているって。あなたがケンちゃんを何処かに隠したんでしょ!」 「健太郎くんの彼女は私です! 彼が何処で何をしているのかはコッチが知りたいくらいだわ!」  強い口調で反論する。頭がおかしいのはどっちなんだか。  女は涙声で電話を切った。私はため息をつく。  どうして私だけいつも責められなければならないのか。私を責める奴は皆、私の前からいなくなればいいんだ。  夕暮れの赤の中で、炊飯器から煙が昇り始めた。 「健太郎くんの匂いがする」  私を安心させる匂い。彼は初めから私の部屋に居たのだ。そして、もう何処へも行くことはない。  肌寒くなってきたので上着を一枚余計に羽織った。
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