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一言で言えば「怪物」。
この世のものならない悪夢の世界の異形の化け物。
「クトゥルフ神話」という物語群に登場する邪神やその眷属たち。
私は、そういう他人が見たら思わず顔を背けてしまうような絵をこっそりと描いている。
こうした薄気味悪いものに出会ったきっかけは、大学時代に付き合った彼氏の趣味だった。
彼はテーブルトーク・ロールプレイングゲームという遊びを趣味にしていた。
これは複数人が集まってそのゲーム内のルールで冒険をする。ゲームキーパーと呼ばれる人がいて、プレイヤーと掛け合いながら冒険を進行していくというものだそうだ。
私はあまりこれについては詳しく知らない。彼が楽しげにSAN値とかルールブックとか、何かいろいろな用語を交えて話してくれたのだけど、私にはさっぱり意味がわからなかった。
適当にへー、ふーん、と返していたけど、その中で「ショゴス」とか「クトゥルフ」とか、そういう名前だけは変に印象に残った。
そうしているうちに、彼が一冊の本を私に貸してくれた。
「インスマウスの影」というタイトルの本だった。
作者はハワード・フィリップス・ラヴクラフト。クトゥルフ神話の生みの親であり、ホラー小説の大家らしい。
実際のところ、私にとっては、彼についてもどうでもよくて、私が興味をもったのは彼や彼の仲間が描いた異形の化け物たちについてだけだった。
巨大なタコのような姿をしたクトゥルフや、植物のような姿のいにしえの者、無定型のアメーバのようなショゴス。千匹の仔を孕みし森の黒山羊シュブ=ニグラスなど、そうした不気味な描写は、私のインスピレーションを大いにかき立てた。
それからの私は、そうした邪神の姿をスケッチブックに描き連ねる日々が続いた。
はじめは興味深く私の作品を眺めていた彼も、私の描くイラストが上達していくほどに、徐々に戸惑いを覚えていたように思う。イラストに宿る狂気、悪意、そうしたものが滲み出て見る者の心に暗い影を落としていくような感覚。彼が私から離れて行ったのも、この私が描いたイラストがきっかけだったように思う。
それ以来、私はイラストを他人に見せることは控えてきた。
隠れた趣味として続けてはいたけれども。
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