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イラストレーターになりたい。
そう思ったのは、会社に勤めて二年めのこと。
会社の飲み会で知り合った山野豪人という男性がホラーマニアで、クトゥルフ神話に詳しい人物だった。
「へぇ、君、クトゥルフ神話が好きなんだ。女性なのに珍しいね」
退屈な会社の飲み会だったけど、彼の話は私の心を掴んだ。
彼はクトゥルフ神話について熱く語っていた。
這い寄る混沌ナイアー・ラトテップ、名状しがたき者ハスター、混沌の媒介ヨグ=ソトース。そして、千匹の仔を孕みし森の黒山羊シュブ=ニグラス。
私は彼が語る邪神像に大いに想像をかき立てられた。
目を閉じれば、そこには禍々しい邪神たちの姿。飲み会の途中、彼の話の途中にもかかわらず、私はその姿を紙に描きたくてたまらなかった。
その日、私は家に帰るなり、机に向かい、一心に邪神たちの姿を描き続けた。
イラストレーターになりたい。
そう思ったのは最後の一体として描き終えたシュブ=ニグラスを描き終えた時だった。
これを誰かに見せたい。そう、山野豪人のようなクトゥルフ神話が好きな人たちに。
その思いを抱き続けて、一年。
私は悶々とした日々を過ごした。
会社では、まったく目立たない存在。
自分で言うのもなんだけど、私は本当に華がない。
顔は決して悪くない。でも美人ですかと訊かれると、どうかなと首を傾げてしまう。
来客にお茶出しをしても、モテ女の浜中さんと私では、相手の反応が違う。
そんなそこはかとない敗北感も、私を夢に駆り立てた。
でも、どうすればイラストレーターになれるのだろう。
どこかそういう会社に勤めるのだろうか。それともフリーランスとして独立して自分で営業していくのだろうか。
夢の叶え方。
それについて悩むことが多くなった。
会社で嫌なことがあったり、心がモヤモヤする時は、その思いをかき消すようにイラストに集中した。
やがて、私の描くイラストは、どこまでも禍々しく凶悪で、描いた本人の私でさえ、背筋に空寒さを感じるような狂気が宿るようになっていた。
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