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イラストレーターになりたい。
そのデビューのための渾身の一枚を描くことにした。
題材は、千匹の仔を孕みし森の黒山羊シュブ=ニグラス。豊穣の神。禍々しき神々を産みだした母なる神。
なぜ、この邪神を描こうと思ったのかはわからない。
ただ、シュブ=ニグラスこそが、私のデビュー作品としてふさわしいと思った。
描きはじめは金曜日の夜。
仕事から帰ってすぐに机へと向かった。
A4のスケッチブックにペンを走らせる。
私が邪神を描いているのか、それとも私が邪神に描かされているのかわからない状態が続く。
気がつけば土曜日が過ぎ、日曜日が終わろうとしていた。
緻密な筆致で描かれた邪神は、さながら紙の中に邪神が息づいているようなリアリティがあった。それでいてこの世のものならない悪夢のような異形。幻想的なおぞましさ。
そう、ずっとこれが描きたかった。これこそが私の夢。
イラストレーターになりたい。
私の夢は、そうではなかった。
私はイラストレーターになりたかったのではなく、このイラストを描きたかったんだ。
イラストを描き終わった私の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
本当に華がない私。何をやっても才能がなく、容姿もパッとせず、目立つことなど何も無かった私。
でも、これは違う。
私が描き上げたこの邪神のイラストは、世界中の誰にも負けない最高の作品だ。
紙の中に召喚し、ついに姿を現したかのようなリアリティ。
部屋の空気すら毒されていくような禍々しい瘴気。
その山羊のような眼は、じっとこちらの様子を伺っているかのようだ。
全身から生える無数の触手は今にも動き出しそうな躍動感がある。
これをこうして描ききることが、私の夢。私は今、夢を叶えたのだ。
「はは……あははは……あははははっ!」
狂気の笑いが口から溢れ出た。
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