第一話:「斎王代の受難」1

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ちとせにその依頼が来たのは、大が来て三週間ほど経った時だった。  ちとせの二階、深津と玉木のいる事務所にやってきたのは八嶋佳代子という五十二歳の女性だった。 八嶋家は文久二年の創業、以来百五十余年という風呂敷屋から出発した、著名な老舗の鞄店である。 彼女が青ざめながら差し出した写真は、美咲という自分の娘であった。 「綺麗な人ですね」 という深津から写真を渡された玉木は、その顔立ちから一昨年の事を思い出した。 「あっ。この方、葵祭の斎王代をされてた方ですよね」 「ええ……もう一昨年の事ですけど」 斎王代とは、「賀茂社」と総称される上賀茂・下鴨両神社へ仕える、皇女や内親王の代理の事である。 今は一般の家から選ばれ、葵祭の行列でもっとも華やかな存在、つまり千年続く祭のヒロインである。 二年前、八嶋美咲は二十一歳でその斎王代を立派に務め上げていた。  が、聞けば美咲は妊娠しているかもしれないという。 「お腹がとにかく大きくて……体調も悪くなりがちなんです」 「妊娠ですか。ご主人か、恋人との間にですか」 「それが……無いんです」 「無い?」 「ええ」 佳代子は不安で胸がいっぱいなのか、両手でコーヒーカップをぎゅっと包んだ。 「病院で検査してもらったんですけど、お腹の中に、何もいないそうなんです。でも、お腹だけは大きいんです。本人も心当たりどころか、その、恋人もいなければ、体を許したこともないそうで」 にも関わらず、ある日突然お腹が膨れ、日を追うごとに大きくなっているのだという。 病院に相談しても医師は首をかしげるばかり、別の病院で診察を仰ぐと、そこの医師が、 「信じられないかもしれませんが、人でないものが原因です。専門家を紹介しますから、そちらへ行って下さい」と、ちとせを紹介したらしい。 京都の老舗といっても、八嶋家は人外という事柄には無縁の家で、こんな事は初めてだ、と、佳代子は涙ながらに訴えた。 「娘かうちかが、何か呪いにでもかかっているんでしょうか。でも妊娠の事以外は、特に不幸もないんですよ」 「そうですか。しかし、これから起こるのかもしれませんし、とにかく原因を探らない事には何とも。お嬢さんとお会いしてもよろしいでしょうか」 「大丈夫です。娘は、今は一人暮らしで、河原町を入った所に住んでます」
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