朝のトースト編

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朝のトースト編

閑静な住宅街の曲がり角の手前。そこにすっかり冷めたトーストを手に持った女子高生が立っていた。 48人いるグループのオーディションにギリギリ落ちそうな彼女の名は、山本花子。見た目はちょっとイケテる女子高生だが、中身は違っていた。 花子は少女漫画でよく見るようなお約束展開に、過剰なまでの憧れを抱いていたのだ。 そして花子が綿密な研究の末に編み出した独自のお約束計算式によると、そろそろお約束が実現してもよい頃合いであった。 数学の先生にため息をつかれる花子が編み出した、お約束計算式がはじき出した結果だ。そこに間違いはないだろう。 「きゃあー、遅刻しちゃうー」 わざとらしく高らかに言うと、花子はトーストを咥えて曲がり角に向かって走り出した。今日こそは、という願いとともに。 いよいよ曲がり角にさしかかったその時、花子の体を衝撃が襲った。 「きゃっ!」 「いてて…」 尻餅をつく花子が見上げたその先には、花子が通う高校の学生服を着た男子が立っていた。 少々漫画の世界から飛び出してきたかのように整った目鼻立ちをしている。いわゆるジャニーズ系に分類される顔立ちだろう。 「あぁ、ごめんなさい。大丈夫、立てるかい?」 心配そうな声とともに、嫌みなく手が差しのべられた。彼は見た目がイケメンのくせに、中身までイケメンらしい。 「えっ、ああ…」 夜寝る前に練習していた台詞もどこかへと吹っ飛んだ。 さすがの花子もまさか本当にイケメンにぶつかる日が来ようとは、夢にも思っていなかったのだろう。 無意識のうちに、口だけで器用にトーストをもぐもぐと食べている。花子は食べ物を決して粗末にしない若者だ。 イケメンはうろうろとする花子の手を握ると、スマートな所作で花子を立ち上がらせた。 「ごめんね、転校初日に遅刻しそうで急いでいたものだから。それじゃ!」 手を上げて走り去る姿まで爽やかで、なにやらシトラス系のいい香りまで残っている。さすがイケメン。 ごくりとトーストを飲み込んだ花子の顔は、すっかり女のものだった。
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