そして誰もいなくなった。

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 朝起きて、箱庭を覗く。あいかわらず、象だけがそこにいなかった。 **********  翌日、仕事から帰ってくると、部屋に違和感を感じた。  「まさか……、」  鞄もジャケット放って箱庭へと駆け寄って、絶句した。  馬がいない。馬と象だけがいなくなっている。  「嘘だろ……、」  象はいつなくなったのか、いつまであったのか覚えていない。けれど馬は確かだ。確かに今朝まで馬はこの小さな箱庭の中で輪の一部を担っていたはずだ。それなのに、馬がいない。 昨日よりも念入りに、周りを探した。箱庭の木の中、砂の中、ラックの中、床、自分の鞄やポケットの中。血眼になって探した。  結局、どこを探しても馬は見つからなかった。寒さも弱まった春だというのに部屋の中は酷く寒く感じた。嫌な汗が背中を垂れる。 この部屋には僕一人しか住んでいない。部屋の鍵を持っているのは僕と大家だけだ。だが大家が入ったというのは考えにくいだろう。貧乏なしがないサラリーマンの部屋に入って模型だけ盗っていくなんてありえない。  一縷の望みをかけて、印鑑、通帳、生活費の入った封筒を探してみる。いっそ金目のものが盗られていれば、物盗りが金品のついでに盗っていったとか、落としたと思えた。しかし期待に反してそれらのすべてが行儀よく、僕の記憶のあるところに収まっていた。  「……っ、」  なんとなく、勢いよく振り向いてみる。もちろん、一人暮らしのこの部屋に僕以外の生き物は何もいない。部屋はただシンとしていた。  部屋には鍵がかかっていた。荒らされた形跡はない。金品や貴重品は何一つかけていない。  ただ、箱庭から象と馬が姿を消した。  いつの間にか寝ていた。恐る恐る箱庭を覗きこむと昨晩の通り、象と馬のいない森が見えた。 一瞬、ビデオカメラでも設置しようかとも思った。けれど、やめた。
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