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どこか晴れやかな気分で家に帰ってきた。二日連続で顔色が悪かったが知れたのか、同僚に「今日は顔色がいいな」とまで言われて笑ってごまかすしかなかった。住んでしまえばなんてことない。ただ模型が一日一つなくなっただけ。本当にそれだけだ。何の危害もなければ大きな損失でもない。一月もすればきっと酒の肴にでもなるだろう。少しだけ怖かった不思議な話、なんて。
躊躇なく鍵を回し、鞄を置き、着替えてから箱庭を覗く。今朝見たときと変わらず、箱庭は何の生き物もおらず、閑散としている。その様子に満足する。何も変わってなどいない。奇妙な事案は終わったのだ、と。
そこでそれ以上気にしなければよかった。不思議だな、なんて首を傾げながらも再び訪れた日常にその身を浸しておけばよかった。
なのに僕はラックを見てしまったのだ。
鶏がいない。象と馬と虎、鶏だけがいなくなっている。
上昇していた気分が、一気に急降下した。ざあ、と血が足元へと落ちていく。
昨日確かにラックに片付けたはずだ。これ以上何もない様に、と。箱庭から何もなくならないように。
模型がずらりと並んだガラスのラックから、鶏が忽然と姿を消した。有象無象の模型と、人、猿、猫、犬、キリン、兎を残して。
もう、動物たちの作っていた輪はない。ぽっかりと空いてしまった空間もない。箱庭の中に生き物はいない。
けれど変わらず、動物はいなくなり続ける。一日一体、消えていく。
「なんで……なんでなんでなんでっ……!」
一人の部屋に答える者はいない。
まず、象が消えた。
次に、馬が消えた。
次に、虎が消えた。
次に、鶏が消えた。
明日もきっと、一つ消える。人か、猿か、猫か、犬か、キリンか、兎か。明日には一つ消えるだろう。
後六日。後六日ですべてがなくなる。
「……ふぅ――、」
ゆっくりと深呼吸をする。ちらりとラックを見るが、鶏が戻ってきているはずもない。
落ち着かなければ。不気味だが、何の問題もないだろう。ただ玩具が盗まれただけだ。困るなら買えばいい。いくらでも模型なんて売ってる。買い足せばいい。
心が乱れたとき、徒に砂に触ってみるが、今回ばかりは触る気になれなかった。
箱の中には何もいない。
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