2人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
小走りでアパートの階段を駆け上り、久しぶりに鍵を鍵穴につっこむ。ガチャ、といつも通り開錠される音がした。けれど一瞬扉を開けるのをためらう。けれど入らないわけにはいかなかった。
大丈夫。何も問題はない。ラックには、何の生き物ももういないんだ。それからは僕の家に何の不思議なことも起きたりはしない。ただ会社から帰って寝るだけの場所。何の面白みもない、どこにでもあるようなアパートの一室だ。
ずかずかと中へと入り、頭ではひたすらUSBのことだけを考える。USBはすぐに見つかった。部屋のPCの側にあるそれをひっつかんで、さっさと部屋から出ようとした。
「……?」
何か部屋に違和感を感じた。
何かは分からない。けれどなにかがおかしい。普通ではない。部屋全体が、いや部屋の何かがおかしい。ぶわ、と汗が垂れた。何となしに勢いよく振り向いてみる。誰もいない。当然だ。この部屋には僕しかいないはずなのだから。
振り向いた先にあるのは、箱庭だけだった。やたらと、箱庭が気になってしまう。近づくべきでない。今すぐ会社に戻るべきだ。と頭はわかっているのに、気が付けば箱庭の目の前に来ていた。
箱庭の中にはなにもいない。白い砂、黒い石、木の模型でできた森。
次にラックに目を移した。
10日目、何の生き物もいないはずだった。
残っていたはずの、犬、猫、猿がいない。ガラスのラックには、人だけが取り残されていた。
「9……?」
何もいないはずの生き物の模型。取り残された人。
1日目、象が消えた。
2日目、馬が消えた。
3日目、虎が消えた。
4日目、鶏が消えた。
5日目、兎が消えた。
6日目、キリンが消えた。
7日目、8日目、9日目、猫と犬と猿が消えた。
僕が仕事に行っている間に、模型は消える。掛けられたままの鍵。一日一つずつ消える安物の模型。
10日目の今日、人が消える。
それは決まって、誰もいない昼間。
「っ……!」
室温がグッと下がった気がした。慌てて玄関に向かおうとしたとき、
ガチャリ。
施錠される音を聞いた。
最初のコメントを投稿しよう!