甘い誘惑を断ち切って

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「今の時代結婚しない人も多いしさ?30過ぎても良い男は一杯居るよ」 ー遡ること一週間前、親友の美沙がそんな風に話していたのを思い出す。 「空想や、妄想の世界に留めておくことね。 不倫なんてハイリスク・ノーリターン。良いことなんて何一つもないんだから」 憤るような表情で、彼女は私にそう言い放った。 その口調はいつもよりぶっきらぼうで、『何があったのか?』と尋ねると、 眉間の皺をぎゅっと寄せてこう言った。 「私、ネットで結婚する相手探しててサ。所謂、婚カツって奴。 そこに登録してた相手が、なんと既婚者だったのよ」 「それは、難儀だったわね。でもどうして既婚者って分かったの?」 「後部座席に、チャイルドシートがあったから。 『あれ、結婚されてるんですか?』って聞いたら『うん、そうだけど、何で?』ですって。 帰ろうとしたら『ちょっと付き合う位、駄目かな?』って―全く、女を何だと思ってるの。 ほんともう、信じられない。ああいう男って居るのね」 凄い勢いで捲し立てるものだから、一瞬頭が真っ白になってしまったけれど、 彼女が発した台詞は一字一句、記憶に残っている。 不倫という行為の、誘惑に溺れそうな時真莉子が真っ先に想い浮かべる台詞でもある。 (後ろに、チャイルドシート・・・子供に関連するものが近くにあったとして、 その話を聞いたとして、私は平常心でいられるかしら? 少なくとも、私にはそんな自信はないわ。 誰かを不幸にしたうえでの幸せなんて、有り得っこないのよ。) 口喧しいと感じる事もあるが、駄目なことは駄目、とハッキリ口にする 親友の美沙には、だいぶ助けられている。 今だって、彼女のお咎めがなければ、糸も簡単に既婚男性に身を委ねていたかもしれない。 「悩みを誰かに話すって、とても大事な事よね・・・」 ポツリ、そう呟きながら再度珈琲を口にした。 もし、美沙が不倫という行為に溺れたら、その時はまた考えないといけないけど。(今抱えている悩みや不安を、彼女に打ち明けよう。)そう思い立ち、 彼女の番号が登録されているスマートフォンへと手を伸ばした。
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