14 豆の樹

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14 豆の樹

 で、その後、どうなったのかというと。  若林はもちろんダントツで優勝(ちなみに、スリー・アールでは観客の人気投票のみで優勝は決まる。良くも悪くも〝公平〟なのである)。  しかし、ほどなくそれが大学側に知れ、ねちねち文句を言われた(らしい)。〝K大の双璧〟が、よりにもよってスリー・アールのコンテストに参加したのだから、当然と言えば当然だろう。  そして、川路は―― 「あれからすぐ、大学を辞められたそうですよ」  眠気のため、不機嫌な顔をしている正木――これはもういつものことだが――に、夕夜は自分のコーヒーを差し出した。  場所はいつもの喫茶店〝豆の樹〟。特に気に入っているわけでもないのだが、正木のアパートに近いことから、今ではすっかり二人の面会場所と化している。 「まー、普通の神経してたら辞めるだろうな。……若林には何か言ってったか?」  正木は礼も言わずに夕夜のコーヒーに手を伸ばす。今日は早めに来たので、コーヒーはまだ温かい。 「ええ、大学の研究室に謝りにきたと若林博士が言っていました。そのとき、大学を辞めて実家に帰るとおっしゃったそうです」 「ふーん……そういや、実家は金持ちって聞いたことあるな。ま、食うには困んねえだろ」  一億をキャッシュで払うと言った男は、さもしく他人のコーヒーをすすった。 「彰くんや彩さんも、一緒に帰ったんでしょうね」 「たぶんな」  正木は興味なさそうに答えた。 「後のこたぁ、あいつら自身の問題だ。俺らが気をもんでもしょうがねえよ」 「……そうですね」  思わず夕夜は笑った。語るに落ちるというやつだ。自分はただ、『一緒に帰ったんでしょうね』と言っただけなのに。 「ところで、あれから美奈はどうしてる?」 「え、ああ、相変わらずあんな調子ですよ。今日、僕が家を出てきたときには、熱心にテレビを見てましたけど……」  と、夕夜が答えたときだった。 「夕夜、ずっるーい」  どこかで聞いた声が、二人の頭上から降ってきた。 「自分ばっかまーちゃんに会って。あたしだってまーちゃんに会いたいんだからね。今度こんなことしたら承知しないから」 「美奈ッ! なぜここがッ!」  テーブルの横で仁王立ちしている美奈に、二人は一斉に声を上げた。美奈は腰に手を当てて、得意げに胸をそらす。 「へへーん。私だってバカじゃないもーん。夕夜にわからないように、こっそり後つけてきたのよ」 「…………」 「だから、ねえ、どっか遊びに連れてってよ。まーちゃん、若ちゃんに面倒全部押しつけて、自分は何にもしてないんだから、それぐらいはしなさいよ」  ――もしかして、自分はとんでもなく厄介なものを作ってしまったのでは……  美奈にぐいぐい腕を引っ張られながら、正木はひそかに思った。  そして、夕夜はあっけにとられた顔をしながらも、この強力な〝妹〟にして〝同志〟を誕生させてくれた運命に、心から感謝したのだった。   ―了―
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