第四章 月はすれ違いの太陽を腕に抱く

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(……遠くにまだグレンツェンの街並みが見えるわ)  出発してからおよそ一時間程経っただろうか。  さすがにセレネイド家の屋敷は見えないが、挙式をしたあの高台の教会を遠くに見つけた。  青空とグレンツェンの緑に囲まれた中ではあの赤レンガはとても目立って見える。画家に頼み絵にして欲しいと思えるほどの絶景だ。  しかし今のソルフィオーラにはチクリと胸が痛む景色でもあった。  何度でも、いつまでも眺めていたい風景なのに。もうここには戻らないかもしれない。でももう一度見たい。だけど分からない。  実家に帰ると決めたのは自分なのに、それ以外は全部ぐちゃぐちゃなのだ。  外の景色から視線を外すと、正面に座るエルと目が合った。  気遣わしげな微笑みが凛々しい顔に浮かんだ。  いつものソルフィオーラであればきっと小さく微笑み返したことだろう。だが今の自分はとても笑える心境にいない。ただ俯くことしか出来なかった。  エルに大した怪我はなかったものの、ブルームが彼女にしたことにソルフィオーラは酷いショックを受けていた。  どうしてそうなったのか未だに分からない。やはり自分がやらかしてしまったのだろうか。それともやはりエルがブルームの気に障ることをしてしまったのか。  何度考えても考えても答えは浮かばない。ソルフィオーラが昨晩眠れなかったのは今回の原因をずっと考えていたからだった。  ぐるぐると『どうして』『何故』という言葉だけが巡るせいで食事も摂る気になれない。昨日の昼以降何も食べていないが不思議と腹は空かなかった。
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