第四章 月はすれ違いの太陽を腕に抱く

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「奥様はここに居てください。様子を見てきます」 「ええ、お願い」  腰に携えた剣に手を添えたエルが険しい表情で扉に手を掛ける。  だが彼女が開く前に扉は乱暴に開け放たれた。  バンッと激しい音を立てて開けられた扉に反射的に一歩下がったエルがソルフィオーラを庇うように立つ。  一体何が起きたのか。連続して起こる不穏な出来事に、ソルフィオーラはエルの身体越しに覗き見ようとした。  細く逞しい身体の横からそっと顔を覗かせた先で卑しい目に出会った────その一瞬、背筋を冷たい感覚が走り抜けた。  これと同じものを昔にも感じたことがある。  先ほど出会った卑しい視線と、恐怖。  エルがソルフィオーラの騎士になると決意するきっかけとなったあの日とそっくりな状況。  開け放たれた扉の先にいたのは、大柄な男だった。  男の体臭なのかツンとした匂いが鼻先を擽り、ソルフィオーラは反射的に鼻を手で覆った。  ボサボサの頭を雑に纏め上げた髪。薄汚れた衣服。手には刃物。一目見て普通ではないと分かる容姿。  無意識に手を伸ばした細い身体は僅かに震えていた。  震えているのは自分かそれとも────。 「……なかなかの上玉じゃねぇか。こりゃ愉しめそうだ、へへへ……ッ」  現在危機的状況下にいることをソルフィオーラに教えたのは、男の下卑た笑い声だった。
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