第四章 月はすれ違いの太陽を腕に抱く

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【2】  深い海の底に沈んでいるかのような重い感覚を纏いながら迎えた朝。  身体をゆっくりと起こすと簡易ベッドが軽く軋んだ。ベッドから降りてブルームは、部下が汲んできてくれた水で顔を洗い身体を拭き、昨日ノクスが持ってきてくれた服に袖を通した。  今日は一旦復興作業地を離れて、グレンツェン領の役所で仕事をするつもりだった。  そろそろ片付けなければならない書類が溜まる頃だろうと思ってだ。  テントを出て部下に今日の予定について告げておく。数人の部下に見送られて、ブルームは黒い毛並みの馬に跨った。その腰に愛用の剣をぶら下げて。どこへ行くにも必ず持っていく。結婚式の時は流石に帯剣しなかったが控室には置いておいた。それほどまでにこの剣はブルームにとって大事なものであった。  ────それを昨日は大事にしていたとは到底思えない振るい方をしてしまったが。  キャンプ地を後にして下る街道。土砂で流されたブロッサムの木たちの残骸が痛々しいが、少しずつ綺麗になってきている。  これもボランティアで集まってくれた領民と部下たちの尽力があってのこと。  そんな彼らの努力の結果を目にすると心がじーんと温かくなるが、すぐに冷めてしまうのはやはり昨日のショックを引き摺っているからだろうか。  冷静になって考えれば考えるほど、あの時の自分はどうかしていたと思う。  前からエルの存在を気にしてはいたが、ソルフィオーラと過ごす時間が幸せ過ぎるあまり頭の片隅に追いやってしまうのだ。  そしてまた二人の時間から冷めては存在を思い出して、しかしソルフィオーラとの時間にまた隅に追いやって、その繰り返し。そうして積もり積もったモヤモヤはブルームが思っているよりも大きく積み上げられていたらしい。 (……醜い、な)  自分はエルに嫉妬したのだとブルームが自覚したのは寝る直前のことだった。
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