第四章 月はすれ違いの太陽を腕に抱く

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「……頭は冷えたかい?」  馬留めに愛馬を繋ぎ、役所に到着したブルームを出迎えたのは聞き慣れた声だった。  静かな怒りを含んだ幼馴染の声。私服姿のノクスが入り口の前に立っていた。 「ちょっと色々(・・)ありまして。誠に勝手ながら今日は休みを取らせていただくことにしました、旦那様」  本来なら無礼な物言いを咎めるところだが、今目の前にいるのは執事のノクスではなく、幼馴染のノクスだと言いたいのだろう。  色々という言葉に多大な含みが込められているのを察し、何も言うまいと受け入れる。  馬鹿な過ちを犯した自分を叱れるのはコイツしかいないのだから。 「……そうか」  そうは思いながらも、短い一言しか返せないのが情けない。  ノクスの横を通り過ぎ中へ入ると、彼もその後をついてきた。  青い絨毯が広がる一室。  その先にある階段を境に、両側に用件に応じた窓口が設置されたカウンターがある。  まだ朝早いので役所を訪ねて来た領民の姿は見られない。  右側の一番手前の窓口で準備をしていた女性職員がブルームに気づいた。 「おはようございます、公爵様」  作業していた手を止めて上司に向き直り挨拶。  すると女性職員の声を合図に続々とイスが動く音があちこちから聞こえてくる。 「おはようございます!」 「領主様、おはようございます」 「……ああ」  次々と掛けられる挨拶に会釈で返しブルームは真っ直ぐ階段へと向かう。  いつも通りのことだ。  一つ違うのは私服のノクスを伴っていることくらいか。執事姿のノクスと共に出勤したことはあるが、見慣れぬノクスの姿に職員たちも彼を目に留めては小首を傾げていた。  だが、わざわざ事情を尋ねて来る者もいない。何か大事な要件でもあるのだろうとすぐに納得した表情になり、役所を開く準備を再開する。 「…………」  職員たちが作業する音や声を背後に無言で階段を上がる。
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