ハンミョウ

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ハンミョウ

 10月というのに、額に薄ら汗をかいて僕は、ジャケットを片手に路面電車を待っている。ここ最近の温暖化は、僕の昔の記憶を随分と狂わせて、まるで僕だけが時代に取り残されたような格好で佇んでいた。長崎って、こんなに暑かったっけ?僕は十数年ぶりに、長崎の地を踏んでいた。スマホを片手に、オープンキャンパスの日程を確認する。まだ十分時間はある。大丈夫だ。  僕の一番古い記憶は、父と母に手を引かれ歩いた広い公園。たぶん、平和記念公園だろう。ちょうどこのくらいの季節だったと思う。僕は、ある不思議な虫に心惹かれた。目の前を誘うように飛んでは、先で止まり、近づけばまた、飛んでいってしまう。その虫は自然界には在り得ないような鮮やかな青をしていた。 「ハンミョウっていう虫だよ。」 父がそう教えてくれた。 「ハンミョウはね、別名、道教えって言うんだ。ほら、道を教えてくれるみたいに、飛んで先で僕らを待ってるだろう?」 僕が触れようとすると、その虫はヒラヒラと飛んで行ってしまい、僕は何故か寂しく思ったのだ。     
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