プロローグ 七月二十九日

4/23
前へ
/23ページ
次へ
 でも彼は、俺の手首を掴んだまま、むくり、と身体を起こした。そうして、ブロックの上に正座をする。酔っ払っているようには見えない。けど、大きな背中を丸くして、ぺしゃりと座り込み覇気がない。やっぱりあまり大丈夫そうには見えない。  そのとき。  ぐぅ、と盛大な音が、静寂に響いた。  動揺していた俺にも、それがなんの音であるかは、判った。 「えーと」  彼は、開いた左手で自分の腹をさすさすと撫でる。良く見えれば前髪の間からこちらを見上げる眼光も、哀れっぽい。 「おなか、空いてる……?」  男はこくこくと子供のように頷く。 「ええと……あ、昼に食べ損なった、ドーナツならあるんだけど」 「食べる」  即答する。遠慮のえの字も気配はない。俺の手首をようやく離した彼は、むくりと立ち上がった。見上げて、思わずぽかんとする。  おそらく、190センチはあると思う。立たれるとすごい威圧感があった。大きな男の人が怖いと身構えてしまうのは本能で、俺は一瞬、誘ったことを後悔しかけた。 「おなか、すいた」  けど、その声があんまりにも情けなかったから、慌てて橋の下に連れて行く。濡れすぎてどうでもよくなってきた。  俺が濡れたショルダーバッグの中を漁る間じっと、彼は後ろで行儀良く待っていた。 「コレ、袋はあけちゃったやつだけど」     
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加