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 結局のところ、このご時世にそこそこ景気がいいのは、シティやら上の方にいる連中(エスタブリッシュメント)やらの、ほんの一握りってところなんだろう。  フロントガラスの向こう、草地の先になだらかな丘が見え始める。  その上には古い城跡があった。  いつも――  その城跡の向こうへと沈んでいく夕日を、草原に立ち、俺は見上げていた。  *  養老院(ナーサリーホーム)に預けたきりの親父が死んだという報せ。  それが、俺が故郷へと向かって車を走らせている理由だった。  月々、仕送りは欠かしたことがなかったし、そこそこのホームにも入れてやって、唯一の肉親としての義務は果たしていたつもりだったから、数年の間、一度も父親に会いに行かなかったことについては、正直なところ、俺に罪悪感はなかった。  別に、親父と不仲だったわけじゃない。  この街に帰りたくない理由が、特にあったわけでもなかった。  日々の暮らしに、仕事に、ただ追われていただけだ。  朝起きて、混んだ郊外鉄道と地下鉄を乗り継ぎ、ランチもそこそこに、バタバタと働いて、また家に帰る。  このところは、帰り道にパブに立ち寄り、エールの一杯を流し込む気力もないような日が多くなっていた。  そうして気づけば、四十の誕生日が過ぎてから、何年かが経つ。  ホームの親父の居室。     
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