晩秋

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「八神さんねぇ、人間はそう簡単には死ねないんですよ!!!」 医者は叱責した。 糖尿病の合併症で足を切断しなければならないと宣告された患者が「足を切って生きるくらいなら、死ぬ。」と手術を拒み続けているからだ。 八神には元々、心臓に持病があった。その上での糖尿病。 何が何でも生き延びたいという気力が持てなかった。 切っても、5年生存率は20パーセント。要するに80パーセントは死ぬ。 数年、寿命を伸ばすために手術したところで周りの手を煩わす期間が伸びるだけではないか。と、ぐらいにしか感じていなかった。 しかし、医者はこの病気の進行した末の状況をはっきりと知っていた。手術をせずに死を待つ方が周りの人間を何十倍にも疲弊させるということも。なので、十ほども年が上の偉そうな男にわざと上からモノを言った。 「人間、ドラマや映画みたいに綺麗にポックリとは死なないですよ。苦しんで苦しんで苦しんで、意識なくなるまで苦しむの、わかります?大体、放っておいて、どんどん腐っていく足の面倒は誰が見るんですか?」 「それは…」 八神は自分の隣に静かに腰掛けている女性をちらりと見た。 医者は患者の目を見据えて言った。 「八神さん、冷凍もせず冷蔵庫にも入れてない腐った肉、さわれます??」 「いや…」 「あなたは、自分も触りたくないような神経も麻痺して血流もない腐ったものを体につけたまま生きるんですか?周りにとったらとんだ迷惑です。ねえ、奥さん。」 妻は何も言わず頷いたがその笑顔には明らかに困惑がにじみ出ていた。 男は手術の同意書にサインをした。
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