冷たい彼女

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冷たい彼女

「私、すっごい冷え性だから、夏でも手とか冷たいままなの」  彼女の手を始めて握ったのは、付き合い始めてしばらくしたある日、そう言われたのがきっかけだった。  夏の暑い日だったのに、触ったその指先は本当に冷たくて、なとんとか温めてあげられないだろうかと思ったものだ。  それからも、何かの折につけ、彼女は冷え性であることを訴えた。そのたび俺は彼女の手を握った。  彼女の手はいつも冷たかったけれど、握っている内にその冷たさを感じなくなった。  冷え性を治すことは俺にはできないけれど、俺はその冷たい手を握ってやれる。温めてやれる。ずっとそう思ってた。  でもある日、職場でたまたま同僚と手が当たった時、相手に酷く驚かれた。  俺の手が冷たすぎるというのだ。  周りに人が集まって、みんなが俺の手を触る。そのたびに『冷たい』とか『氷みたいだ』という言葉が溢れる。  会社の備品の中にたまたま体温計があって、手先ではなく体温を計ったら、前は三十六度から七度の間だった俺の体温は、三十度くらいにまで下がっていたのだ。  この温度ば充分に低体温症のレベルで、これまで自覚はなかったし、私生活にも全く影響はなかったけれど、本来は医者に罹からなければならない状態だった。  体温を知った途端、いきなりあちこち具合が悪くなり、俺は救急車で病院に運ばれることななった。  幸いにも、治療のおかげで俺の体温は少し上昇したが、それでも三十五度止まりで、何かにつけて寒さを感じるようになった。  ちなみに、自分の体温が異常に低くなったことを知ったこの日以来、彼女とは連絡が取れなくなった。  今にして思えば、握った彼女の手の冷たさを感じなくなったのは、向こうの手が温まったのではなく、俺の手が彼女と同レベルに冷え切ってしまっていたせいなのかもしれない。  大好きだったから、彼女のことを思うと今でも胸が痛むけれど、健康…いや、命の危険を考えるレベルで、彼女に会えなくなったのは俺にとっての正解なのだろう。 冷たい彼女…完
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