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第四章 ― 絶望の道 ―
深夜一時、波が岸壁に当たる力強い音だけが幾度となく響き渡る暗闇の中に剛はいた。
『あと一時間……』
麻耶が不意に発した言葉をもとに、正輝が自殺サイトを立ち上げると、巧みな言葉を綴り死を意識した者達を自殺の名所のこの地――、
孤独岬へと呼び寄せる計画は動き始めた。
運転席の窓を少し開けると、ビュービューと音を立て潮の匂いと共に車内には冬の冷たい風が一気に入り込む。
眠気覚ましにはそれが丁度いい。
いつもは寝息をたてる先輩職員、竹内の姿は助手席にはなかった。
この仕事で、金を貯めて皆が集う様な温かい小さな焼き鳥屋を出す事が夢だと語っていた彼の事を思い返す。
だが、まだそれほどまでの資金は無い筈だった。
後部座席に丸められたスポーツ紙、その一面には、柊議員の裏の世界が赤裸々に暴かれていた。
「過激なSEXと裏の顔!
首に薔薇の刺青女、身元判明!」
『首……、刺青』
彼のもとで仕事を教わる度に繰り返された自慢話。
きっと、彼にとって生きる希望となっていたのだろう。
紙面の顔写真――、
その女性は竹内が救った命だった。
『どうして……』
身元が判明した翌日から、竹内の姿は無くなった。
武田さんは何も答えず、ただ、車のカギを手渡し今日からお前は独り立ちだと告げるだけだった。
息を潜め、高台に止めた運転席から覗き込む暗視双眼鏡。
定刻を20分程過ぎた時、暗闇の岩場に黒い影が一瞬動いた。
それは動物ではなく、明らかに人間。
『ヨシッ! 掛かった』
その影は、周囲を伺う様に身体を潜め隠れた岩の陰から左右に顔を出し状況を伺っている。
打ち寄せる波音とゴーゴーと吹き荒れる冷たい風の音で、背後に近づく剛の姿には気が付かない。
剛の視線に映る小柄な姿、身長は百五十センチ前後だろうか?
深くニット帽を被り、冬の寒さをしのぐ防寒着を着用していても、月明かりが照らす体型は小さく細く感じた。
『未成年か?』
岸壁周辺を意識するように、繰り返し周囲を探るその影は剛が僅か二メートル程の背後に立つ事すら気が付いていない。
「あのぅ、もしかして自殺サイトを……」
「きゃっ!」
突然背後からかけられた声に驚いたのか、
大声を発し、振り向くとその場にしゃがみ込んでしまった。
「えっ、おんな……」
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