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第五章 ー 裏道 ー
山並みを背景に走る一台のタクシー。
後部座席には、ビジネススーツを着込んだ
一人の女性の姿があった。
「クシュン!」
車内の沈黙を破るように、
「クシュン!」
「クシュン!」
「クシュン!」
「おやおや、お客さん大丈夫ですか?」
口元を押さえながらミラー越しに大丈夫だと首を上下に動かし運転手へと告げる。
「クシュン!」
「ははははっ。
お客さん、酷い花粉症だね」
被った帽子から伸びた髪は真っ白な白髪、
再びバックミラーへ目を向けると、得意げなドヤ顔をしながら大きく鼻から息を吸う姿が映っていた。
「ははははっ。
最近の若い連中は花粉ごときにやられちまってる。
生ぬるい生活してるからですよ。まったく」
顧客相手にデリカシーの無い言葉を投げつける運転手。
後部座席の女性は、一瞬表情を変えたものの悟られる事無く戦闘態勢に入った。
「ほんと、そうねっ。
たかだか季節変わりの花粉ですのにね。
でも、毎年新しい年を迎えて放たれる若い花粉たちは、どうやら今年もいい男やいい女を選んで寄ってくる――。
ふふっ、これも私が持つ魅力の宿命の一つね。
花粉にすら相手にされない様な歳の取り方はしたくないわね」
「……」
先程運転手が放った、最近の若い連中――、
その若い部分に免じて少し手を抜いた様子だったが、運転手は口をぽかんと開いたまま何も語らなくなった。
「クシュン!」
「クシュン!」
「クシュン! あっ、止めて!」
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