第五章 ー 裏道 ー

1/29
58人が本棚に入れています
本棚に追加
/329ページ

第五章 ー 裏道 ー

 山並みを背景に走る一台のタクシー。 後部座席には、ビジネススーツを着込んだ 一人の女性の姿があった。   「クシュン!」  車内の沈黙を破るように、 「クシュン!」 「クシュン!」 「クシュン!」 「おやおや、お客さん大丈夫ですか?」  口元を押さえながらミラー越しに大丈夫だと首を上下に動かし運転手へと告げる。 「クシュン!」 「ははははっ。 お客さん、酷い花粉症だね」  被った帽子から伸びた髪は真っ白な白髪、 再びバックミラーへ目を向けると、得意げなドヤ顔をしながら大きく鼻から息を吸う姿が映っていた。 「ははははっ。 最近の若い連中は花粉ごときにやられちまってる。 生ぬるい生活してるからですよ。まったく」  顧客相手にデリカシーの無い言葉を投げつける運転手。 後部座席の女性は、一瞬表情を変えたものの悟られる事無く戦闘態勢に入った。 「ほんと、そうねっ。 たかだか季節変わりの花粉ですのにね。  でも、毎年新しい年を迎えて放たれる若い花粉たちは、どうやら今年もいい男やいい女を選んで寄ってくる――。 ふふっ、これも私が持つ魅力の宿命の一つね。  花粉にすら相手にされない様な歳の取り方はしたくないわね」 「……」  先程運転手が放った、最近の若い連中――、 その若い部分に免じて少し手を抜いた様子だったが、運転手は口をぽかんと開いたまま何も語らなくなった。 「クシュン!」 「クシュン!」 「クシュン! あっ、止めて!」
/329ページ

最初のコメントを投稿しよう!