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日本に戻ってきた若崎は、ある雨の降る夜に路上に傘も差さず座り込んでいる男の子を見つけた。顔を伏せていたため顔は見えなかったが、制服を着ていたから学生だろうという事は分かった。
「あの…大丈夫ですか?」
何も言わずに横を通り過ぎるのは気が引けて、若崎は声を掛けた。
その声に男の子はびくりと小さく肩を震わせて、勢いよく顔を上げた。その表情は怯えたように目を見開いていたが、それも一瞬ですぐにまるで強がっているように鋭い瞳で若崎を睨みつけた。
しかし、その顔に若崎は見覚えがあった。
「…君、あのケーキの子…?」
「はぁ?何言ってんだ、アンタ」
若崎の言葉に男の子は怪訝な表情を見せたが、若崎はお構いなしに続けた。
「うん、そうだよね!君だよね!覚えてないかな?ほら、昔ケーキを買いに来た君に俺が作ったケーキをあげたんだけど」
あの頃とは背も顔立ちも変わっているはずなのに、この子はあの昔の男の子だと何故か若崎には妙に確信めいたものがあった。
まさか再開出来るとは思わず、少し興奮気味に話す若崎とは対照的に、男の子はフイっと顔を逸らした。
「何のこと言ってんのか知らねぇ。人違いじゃねぇの?」
そう言いながら、男の子はフラフラとしながら立ち上がった。よく見ると、男の子はボロボロだった。顔は血が出ていたり赤く腫れているところがあり、服も泥だらけ。フラフラとしているところを見ると、体もどこかケガをしているのかもしれない。
「傷だらけじゃないか…。何があったんだ?」
「アンタに関係ないんだろ」
「でも…せめて怪我の手当てだけでもさせてくれないか?」
「良いからもう放っとけよ」
男の子はフラフラとその場から立ち去ろうとした。
「それなら、家まで送るよ。そんなフラフラな状態じゃ危ないから」
「家なんて無ぇよ!!」
急に発せられた男の子の怒鳴り声。その一言はとても悲しく、辛そうな叫びに聞こえた。
男の子は再びフラフラと歩き出した。
「やっぱり、怪我の手当てをさせてくれないか?俺の家、すぐそこなんだ」
「アンタしつこい。何でそんなに俺に構うんだよ?」
「似ているんだ。俺に夢をくれた大事な男の子に。だから放っておけないくて。頼む」
そう言って、若崎は頭を下げた。
男の子は驚いた表情でしばらく頭を下げている若崎を見ていたが、乱暴にガシガシと頭を掻いて溜め息を漏らした。
「…意味分かんねぇ。何で手当てする側が頭下げて頼んでんだよ」
「ハハ、言われてみればそうだな」
「何笑ってんだよ。ますます意味分かんねぇ」
そう言うと、男の子は再度大きな溜め息を吐いた。
「…どっち?」
「え?」
「アンタの家だよ。どっちなんだよ」
ぶっきらぼうな口調だが、若崎はその言葉にとても嬉しくなった。
「ああ、案内するよ」
若崎は駆け足で男の子に近付き、そっと傘を差し出した。
相変わらず男の子は仏頂面だったが、フラフラになりながらも何も言わずついて行った。
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