第六章 世間と言うもの

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<蓮48>  就業時間が近づいてきた。デスク周りを片付けて指示を仰ぐと主任が顔を上げて一瞬考えたようだった。  「特に今日は何も無いかな、仕事片付いたのなら帰っていいぞ」  「はい、ではお先に失礼します」  鍵の入っているポケットをそっと触る。主任の方をチラッと見るけど完全に仕事モード。心の中で「待っています」と言って立ち上がった。  「上原くん。今日お夕飯どうするの?」  突然、山中さんに声をかけられて振り返ると、山中さんと佐野さん……そしてその後ろに親指を立てた木下が立っていた。だから山本さんじゃない、木下!違うって。  左手のデスクから黒いオーラを感じる。やばい、そう思いながら三人に向かって笑顔を作った。  「えっと、夕飯ね。夕飯、あ、昨日カレー作りすぎて、帰って食べないと」  「へえ上原、料理ができるんだ?意外だなあ」  なぜかデスクから主任が声をかけてきた。なぜ今絡んでくるんですかと、心の中で叫んでしまう。  「そっかあ、上原くんのカレーとか食べてみたいなあ」  山中さん、それ俺の命を縮めてます、止めてください。今日の夜は静かに寝かせてもらわないと、明日会社を休む羽目になってしまうのに。  「カレーかあ、いいなあ。俺も今日の夕飯はカレーにするかな?な、上原」  ああ、主任!だから今、会話に入らないで下さい。声にならない叫びが上がる。  冷や汗を流しながら、じゃあまた明日!と勢いよくその場を離れた。スーパーに寄ってカレーの材料買って帰らなきゃいけない。カレーくらいならきっと作れるはず、だとは思うけれど。
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