第六章 世間と言うもの

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<匠48>   上原が、慌てた様子でばたばたと帰って行った。残された三人はあっけにとられている。なるほど、こいつが木下か。余計な事をと思うけれど顔には出さない。  「おっかしいなあ、山中さんに告白したいって相談してきたのあいつなのに」  そうぶつぶつ言うのが聞こえた。  ああ?山中さんに告白したい?どういう事だ、もう今日の夜は寝かせない。  「いいよ、今日は急いでいたみたいだし。また、誘ってみるから」  いやいや。できればもう二度と誘わないで欲しいのだけれど。能面に表情を隠したまま心の中は大騒ぎしている。  仕事を片付けながら帰ったら玄関で待てをしている仔犬の事を考える。  家に帰りたいなんて思ったのは入社以来初めてかもしれない。駅から歩きながら空を見上げる、下を向いて歩いていたなと改めて感じる。世界が変わってしまったようだ。  マンションの部屋に電気がついているのを認めて自然と微笑んでしまう。飛んで帰った仔犬は大人しくしているのだろうか。  「ただいま」  声をかけると急いで玄関まで迎えに来る忠犬の頭をよしよしと撫でてやる。台所では鍋がぐつぐつと音を立てている。  「蓮が料理?」  「しゅっ、あ!た、匠さんにカレーをと。でも初めてで良く分からなくて、箱に書いてある通りに作ってはいるのですが」  台所にはナイフで削り落としたような形の野菜くずがあった。一体どうやってジャガイモをむいたらああなるのだろうと、想像しておかしくなる。  俺が残業して帰ってくるまでの時間差は一時間半。カレーだけならとうに出来ていてもいい時間だが、鍋を覗くと不恰好な野菜がお湯の中で踊っていた。  タブレットもキッチンの棚に置きっぱなしになっている。何を調べてたのかと画面を立ち上げると「お米のとぎかた」というページが開いてあった。本当に何もできないんだなこいつ。  「もうカレールー入れていいから。俺が手伝ってもいいけど蓮の初手料理だからね。邪魔はしないよ」  そう言い残して、着替えるために寝室へと向かった。
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