第六章 世間と言うもの

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<匠52>  このところ上原の様子がおかしい。嘘をついたりする事のできない性格だ、だから何かおかしいと思った時は本当に何かが隠れている。独りでため息をついたり、困った顔をしたりしている。  付き合い始めて一ヶ月。なだれ込むように同棲生活に持ち込んでしまった、上原も自分の置かれている状況を把握するまで時間がかかったが、間違いに気が付いたと言うのか。  今日まであっという間だった。  上原が俺に何か言えなくて困っている事は明白。でも怖くて聞けない。最初から覚悟してるはず。どんなものにも永遠はないし、気持ちの変化だってある。  あの女子との距離感も最近は少し変わった様だし、もしかしたらという思いも時々よぎる。  今日も帰った時に慌てて、何かを隠しているのを見た。気がつかないふりはきつい。  「あの、匠さん、話が」  きかた、嫌な話は聞きたくない、先延ばしにしたい。あと少しでいい時間が欲しい。  「蓮、悪いな。今日は何故か疲れていて、メシはいいや。先に寝かせてもらうけど」  自分でもみっともないことは分かっている。  冷たいベッドに潜り込む。しばらくして上原がごそごそと入ってくるのがわかる。背中を向けていても、背中から熱が広がる。  「もう、寝てしまいました?……匠さん?」  聞こえないふりをする、目を瞑る事さえできないのに寝たふり。  しばらくすると寝息が聞こえてきた、規則的な呼吸に身体が熱くなる。その寝顔はあどけない、困った顔もしていない。  また、目が覚めたらまたあの困った顔するのかなと思うと苦しくなった。
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