第六章 世間と言うもの

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<匠53>  明け方まで、ただ上原の顔を見つめていた。その寝顔だけが安心をくれる、見ているだけで満足できる、目を閉じてしまうのがもったいないほどだ。  そうやって起きていたはずがいつの間にか眠ってしまったようだ、おぼろげな意識の中、上原がベッドからそっと出て行くのがわかった。頭は起きているはずなのに声が出ない、起き上がりたくても体がまったく反応せず起き上がれない。  しばらくするとぱたんと、静かに扉が閉まる音が夢の中で聴こえたような気がした。  そのまま、また眠りの淵に落ちてしまい、次に目が覚めた時はもう既に時計は正午をまわっていた。ようやく身体を起こすと、当然隣に上原の姿は無かった。  ダイニングのテーブルには俺宛の封筒が一通残されていた。  まさか?  終わったのか、こんなに突然に?  見回すが、上原の荷物は何も無くなっていない。ただ上原だけがいない、手紙を残して。  封筒に手を伸ばすが、開ける勇気がでない。  これは、そう言う内容なのだろうか。  もしかしたら、コンビニに行っただけなのかもしれない。でもコンビニに行くのに置手紙はしてはいかない。  昨日の夜、何も食べていない胃がキリキリと痛む。野菜ジュースで誤魔化して、また手紙を眺める。  直接聞くべきだった。なぜ昨日の夜、話すのを避けたんだろうかと後悔する。封筒を手に取る、そしてまたテープに戻す。  昼になっても上原は帰ってこない。  俺は、どれだけあいつの事が好きなんだろう。
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