第一章 仔犬との出会い

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<匠4>    誰かと向いあって食事するのは久々だ。あいつと別れ話になる少し前はもうお互いすれ違いだったと、考えながら食事をしていた。  突然上原に「この部屋広いですね」と言われた。  まあ、一人暮らし用ではないなと思ったので普通に答えたつもりだった。  その瞬間に明らかに「失敗した」と言う顔をした上原は、おたおたしながら話題を変えてきた。  なぜかこいつの顔見ていると意地悪したくなる。本当は今週末、映画にでも行こうかと思っていた。一人でも本屋に行ったり、楽器店を回ったり、結構楽しくやっている。  つい上原の反応が見たくて意地悪を言ってみる。上原は顔が少し引きつってしまっている。  やっぱりこいつは営業に向いてない、感情が表に出すぎているとおかしくなった。  可笑しくなって笑うと、上原が顔を総崩しで嬉しそうに笑った。これじゃあ仔犬じゃなくてまるで撫でられている仔猫だ。  「飯食ったら出かけるか?」  そう聞くと上原は驚いた顔をして俺を見ている、出かけると言う頭はなかったのだろう。  「お前ずっと俺のスエット着ているつもりか?火曜まで着替えもないんだろう」  ちょっと首を傾げて考えた上原は急に顔を輝かせた。  「それって、主任が買い物に付き合ってくださるって事ですか?」  確かに上原のいう通りだ。「私のアパート駅の反対側でした!歩いて帰る途中で、転んだのを助けていただいたんですね」そう言いながら帰ってきたのだ。商店街もよく知っているなら買い物も一人で十分だろう、俺が一緒に行く意味はないはず。  「いや、俺も丁度冬物のコートを探していて。そのついでだ」  取って付けたような理由だが、確かに今年はコートを買い直そうと思っていた。今持っているコートは三年前にあいつから贈られたものだから。  「じゃあ、俺…じゃない、私に選ばせてください。主任は何でも似合いそうですよね」  仔犬はころころと笑う。何だか今日は楽しい、こいつといる時間が空間が心地いい。  無理して金曜日に帰ってきて良かったと、思い始めている自分がいた。
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