第三章 一歩前進

15/15
976人が本棚に入れています
本棚に追加
/406ページ
〈匠27〉    そうだった、上原は今日は社の子と出かける約束をしていたじゃないか。  どうして俺はこいつの気持ちが俺に向いていると勘違いしたのだろう。変な自信は自分の願望のせいだったのか。  上原は酒が抜けて、驚いて逃げたということか。俺は会社の後輩に何をしてるんだ。思い込みが強すぎた。  デスクに戻って課長に出張報告を簡単にするとメールをチェックする。何通かの仕事のメールに混じってアズマ商事というメール、また紺野だ。  メールは開かずに削除する、きちんと話し合わないといけない。  いつものように気が付いたら定刻になっていた。上原は時計を気にして見ている。  「上原、出張疲れもあるだろうから今日は早めに帰れ」  俺は別に家に帰っても暗くて寒い部屋が待っているだけだ。顧客リストの見直しするかとファイルを開いたところで山中さんに声をかけられた。 「主任、3番にアズマ商事さんからお電話です」  会社に直接電話をかけてくるなんて、あいつらしくない。どうしたんだ。そう思いながら電話をとる。  「昨日は出張だったんだね。あのチビちゃんも一緒だったの?」  こいつがここまで人に興味を示すなんて驚きだ。たまには浮気くらいしてくればと、付き合っている時から言われてきた。俺の友人関係にも一切興味を示さなかったのに。なぜか上原にはこだわる。もう別れた恋人の何が気になるのだろう。  「今、匠の会社の前にいるんだけど出られない?」  他の社員の目も有るし、今話すわけにはいかない。黙っていると「携帯に新しい携帯で電話をかけておくから、仕事が終わったら折り返し電話をくれないか」と言われた。  「はい、承知致しました。それでは失礼いたします」  事務的にそう言うと電話を切る、ため息が一つ出た。
/406ページ

最初のコメントを投稿しよう!