第一章 仔犬との出会い

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〈匠2〉    昨晩は久しぶりに人肌の温もりを感じた。ああ、忘れていたこの感覚だ、やはり良い。気が付くと俺の左手は上原の腰に回っていた。そして右手で上原の背中を撫でていた。  自分の行動に気が付いて驚いて飛び起きた。去年の夏以来誰とも一夜は過ごしていない、手は昔の感覚を無意識に求めていたのだった。  十年付き合って破局した。もう誰かと付き合うのは面倒だった。仕事も忙しいし、ネットで探せば体の熱を処理する事も出来る。それだけの相手なら不自由はしない。もう誰かに心を預けるのは御免被る。  二人で住むために買った中古のマンションを出て行く事もできず、一人で暮らすには少し広すぎるスペースを持て余している日々だった。  壁に向かって話し始める前に、犬でも飼うかと考えていた矢先に側溝に落ちている仔犬を拾った。  拾った仔犬は今、俺の眼の前で耳もたれて尻尾も巻き込んで小さくなりながら電話している。  同期の友人に電話しながらしどろもどろになり、顔が赤くなる。警察に電話を入れて青くなる。不動産屋に電話して、ほっとした顔をする。そして、折り返しかかって来た不動産屋からの電話に。また青くなって今度は泣きそうになっている。くるくると表情が変わって可愛い。  俺は……いま、上原を可愛いと思ったのか。もう末期だ、会社の後輩まで可愛く見え始めた。  「どうした上原、鍵は受け取れそうなのか?」  そう聞くと、泣きそうな顔の仔犬はもじもじしながらこっちを見ている。  「大家さん一家、娘さんを訪ねて北海道なんだそうです。火曜日まで帰らないって言われたんですが、俺どうすれば良いんでしょう?」  さっき「私」に直っていたのに、焦ってまた「俺」に戻っている。  「とりあえず今日はここに泊まれ。スーツは角のクリーニング屋に持っていけば一日で仕上げてくれるから、月曜日はなんとかなるだろう。明日の夜は同期のヤツにでも泊めてもらえよ」  俺の出した助け舟に、泣きそうだった仔犬の尻尾がブンブンと振られるのが見えたような気がした。  「主任はやっぱり優しいですね。俺……じゃない、私の憧れです!」  笑顔が本当に幼い、まだ大学を出たばかりだ。そう子供だ、その笑顔に釣られてつい微笑んでしまった。  週末の間だけ仔犬の世話をするのも有りかもしれないと、上原の笑顔を見ながら思った。
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